本命じゃなかったアプリが、知らないところでバズっていた話
2019年のある日、ThinkSpaceの開発の合間に、ふと「MapNote」で検索してみました。
登録者38万人のYouTuber。ガジェット系のブログ。IT系メディア。
自分の作ったアプリが、知らないところで、いろいろな人に紹介されていました。
いつの間に、こんなことになっていたんだろう。
当時、私が開発の中心に据えていたのはThinkSpaceでした。MapNoteは、それ以前に週末のカフェで作り始めた、小さなノートアプリです。
話は、2015年までさかのぼります。
その頃の私は、ゲーム系のスタートアップでエンジニアとして働いていました。平日はゲームを作り、週末はカフェで、自分の欲しいノートアプリを作る日々です。
もともと、私は大のノートオタクでした。思いついたことや、まとまらない考えを、片っ端からノートに書き殴っていました。
ただ、紙のノートにも、デジタルのノートアプリにも、一つ不満がありました。
考えが広がってきたところで、ページの端にぶつかる。
続きを書くには、次のページに移らなければいけない。さっき書いたこととのつながりを見ながら考えたいのに、ノートの都合で思考が分断される。それが、地味にストレスでした。
「ページの端がなければいいのに」
そこで思い出したのが、ゲーム開発で実装していた仕組みです。画面の外にも座標を持たせて、スクロールによって見える範囲を動かす。ゲームの広いマップを移動するように、ノートの上も自由に移動できればいい。
プログラミングの勉強も兼ねて作ったのが、「無限サイズのノートアプリ」MapNoteでした。
2015年に、240円でリリースしました。
ただ、出した後は本業が忙しく、あまり手を入れられませんでした。2016年のダウンロード数は、460件。
2017年には、試しに無料にしてみました。すると、年間のダウンロード数は1万9,000件まで伸びました。
それでも、レビューは9件ほど。数字は増えているけれど、使っている人の顔は見えない。どこが気に入られているのか、何が足りないのかも、よくわからない状態でした。
転機は、2018年6月に届いた一通のメールでした。
「Apple Pencilに対応してほしい。必要であれば、資金面でも協力したい」
そこまでして使いたいと思ってくれている人がいる。
そのメールで、私のやる気は一気に上がりました。ソフトウェアと違って、開発者は人間なので、「必要としている」と言ってもらえると、急に動きがよくなるんです(笑)。
メールをもらってから1週間で、Apple Pencilへの対応を終え、リリースしました。
結局、開発資金は受け取りませんでした。でも、対応したことを知らせると、その人は「最高です」と返してくれました。
それが、何よりの報酬でした。
さらに、具体的な要望もいくつかいただきました。それらは、そのまま2018年から2019年にかけての開発ロードマップになりました。
一通のメールで、作る意欲と、作る方向の両方が見えたわけです。
Apple Pencilに対応すると、日次のダウンロード数はそれまでの2倍に伸びました。
プロダクトにも少し自信がつき、「もう一度、有料に戻してみようか」と思いました。ひとまず、120円にしてみました。
すると、意外なことが起きました。
無料のときと、ダウンロード数がほとんど変わらなかったのです。
数週間後に、App Storeのランキングを見てみると、iPadの「仕事効率化」カテゴリの有料ランキングで、3位に入っていました。当時、GoodNotesやNotabilityなどが上位の常連だったランキングです。

2018年12月3日、iPad「仕事効率化」の有料ランキング
そして2019年、冒頭の検索につながります。
YouTubeでも、ブログでも、IT系メディアでも、MapNoteが紹介されている。自分の知らないところで、誰かがアプリを見つけ、使い、別の誰かに薦めてくれていました。
おそらく、有料ランキングに入ったことで人の目に留まり、紹介される機会が増えたのだと思います。すべての経路を追えたわけではありませんが、検索結果には、自分が把握していなかった広がりがありました。
amity_sensei さん「iPadPro: MapNoteでアイデア出し!! 超クリエイティブになれるよ。」(2019年1月)。ほかにも、Leo Tohyama さんの「はじめてiPad Proを購入した人が、最初に購入すべきアプリ」(2020年3月) などで紹介されました。
X でも、自分の使い方を投稿してくれる人がいました。
#Nサロン未来会議 で黒田さんがまとめた #Nサロン 参加者の目的をiPadのMapNoteというアプリで描いてみた🤔
— @jackzhang904、2019年2月
資料が公開されてない場合は、mapnoteでメモ→PDF出力→goodnotesで開く→写真を貼り付ける方式にしている。写真はシャッター無音のやつを使う。
— @tomoyamachi、2019年7月
ただ、うれしい誤算には、別の誤算もついてきました。
当時の開発の本命は、ThinkSpaceでした。MapNoteの利用が広がるほど改修の必要も増え、ThinkSpaceを磨くための時間が削られていきました。
フリーランスの仕事をしながら、ThinkSpaceを開発し、MapNoteの改修にも対応する。すべてを十分に進めるのは、難しい状態でした。
最終的には、より安定した基盤で作り直し、「MapNote2」という別のアプリとして出す判断に至りました。
以上の経験から学んだことは、二つあります。
一つは、ひと言で伝わるプロダクトは、人が紹介しやすいということです。
本命のThinkSpaceは、いろいろな考え方や使い方を受け止められる、ある意味「全部入り」のアプリでした。そのぶん、何ができるのか、何がうれしいのかを説明し始めると、どうしても長くなる。
一方、MapNoteは「無限サイズのノート」。まず、そのひと言で伝わります。
紹介する側も、どこが面白いのかを説明しやすい。見る側も、自分が使う場面を想像しやすい。
自分が力を注いでいるものと、人に伝わりやすいものは、必ずしも一致しない。この違いは、作っている側にいると見落としがちでした。
もう一つは、プロダクトの良さが広がるには、人の目に触れるきっかけが必要だということです。
MapNoteの場合、そのきっかけは、ストアのランキングだったのだと思います。そこで見つけてもらい、紹介され、その紹介を通じてまた別の人に届く。そんな流れが生まれたように見えました。
作って置いておくだけでは起きなかったことが、ある露出を境に動き始める。私はこれを、プロダクトに「電気ショック」が入るようなものだと感じています。
もっとも、その前には、Apple Pencilに対応してほしいとメールをくれた、一人のユーザーがいました。
あのメールがなければ、対応はもっと後になっていたかもしれません。有料に戻すほどの自信も、持てなかったかもしれません。
振り返ると、MapNoteは「勝手にバズった」ように見えて、その始まりには、たった一人の具体的な「これが欲しい」がありました。
私が広がりに気づいたのは、検索した日でした。
でも、開発が動き始めたのは、あのメールが届いた日だったのだと思います。